1984年に発表された井上陽水のセルフカバーアルバム。それまでしばらくの間、ソングライターとしては大活躍だったものの、シンガーとしては今ひとつという時期。そんな時、他アーティストに提供したヒット曲を自ら歌うことで生き返ったアルバム、という気がする。また、もしかしたら本作が日本における初の「セルフカバーアルバム」と言えるかもしれない。
水谷豊、石川セリ、小林麻美、沢田研二、安全地帯、中森明菜、樋口可南子といった人達に提供した曲たち。いずれもかなり個性の強いシンガー達であるが、作者である井上陽水が歌うとやっぱり陽水の世界になる。このさすがとも言える存在感がこのアルバムの聴き所ではないだろうか。もっとも、井上陽水こそが、個性のかたまりのような人であったのだろうが。
個人的には小林麻美が歌っていた「Transit」のロマンティックさが美しく感じる。これが私にとってのベストトラックである。コード進行が何とも言えずロマンティックである。
もちろん、唯一のオリジナル曲である「いっそセレナーデ」もいい。この時期の星勝さんのアレンジはどれをとっても秀逸で、大好きなのかもしれない。
個人的な話だが、「いっそセレナーデ」は、私が大学を受験する直前の寒い冬、これから受けようとしていた北海道の某大学近くにしんしんと降り積もる雪を想像しながら何度も聴いていた、思い出深い曲である。結局その大学に合格することはできなかったのだが、今でもこの曲を聴くたびにあの寒い冬を連想している。
きれいでロマンティックな曲も多く、特に以前からの陽水を知る人達にとっては賛否両論の分かれる本作品であるが、私は文句なしに良い作品だと思っている。かれこれ25年愛聴しつづけている作品である。